ビジネス英文メールの書き方 第5回

第5回、第6回では、よくあるビジネスシチュエーションに基づいた例文を検討しましょう。
今回は苦情のメールです。

シチュエーション
ABC Corp.は XYZ Manufacturing社の医療機器をOEM販売している。ABCは、1月20日にXYZから納品されたX線治療装置を2月10日にDEF病院に設置して一応正常に稼働していたが、3月末になってDEF病院から、漏洩放射線量がこの国の規格値を50%超過しているとの苦情を受けた。現地に向かわせたXYZ社の技術者は事実を認め、4月10日に仮の遮蔽版を設置し、4月末までに根本対策を検討すると約束した。しかし、5月10日になってもXYZからABCに連絡がない。ABCの担当者であるあなた(青木正樹)は、XYZのサポート窓口Mr. Alan Williamsに以下のメールを発信した。青木は、Mr. Williamsに一度、彼がXYZ社の技術者と一緒に現地に行ったときに会っているが、メールの授受はまだなかった。

この状況でもしあなたが以下のようなメールを書いたら、相手はどう感じるでしょうか。

Dear Mr. Alan Williams:


This is to make a claim that XYZ is not sincere enough to respect the customer’s needs by not keeping its word. As you should remember, when you brought your support engineer to the site about a month ago, he and you promised to take final measures by the end of April. Now, ten days past the deadline, we have not heard anything from you. Can you explain to me why? We need to make an update report to our customer very soon. We expect you to come up with the “final measures” immediately, please.


Respectfully yours,


Masaki Aoki

このメールは文法的にはほとんど間違いがありませんが、一読して読者は、居丈高で感じが悪いという印象をもつでしょう。これではたとえ自分が悪かったとしても、反感を抱き、改善しようという意欲もそがれてしまうのではないでしょうか。


先ず、相手の緩慢な動作をズケズケと単刀直入に指摘し、非難する姿勢が前面に出ています。書いた人は、「こちらは買ってやっているんだ。今自分[たち]は相手のせいで不利益を被っている。だから相手を叱るのは当然だ」という意識が働いていることがうかがわれます。これは、何度も指摘し交渉した挙句、相手が応じてくれずこれ以上我慢できない、訴訟や喧嘩別れを辞さない、という最後的な状況に陥った場合にはあり得るでしょうが、一般的にはキツすぎます。以下、細かく分析してみましょう。

(1) 呼びかけ(salutation): このように(Mr.等 +)フルネームで始めるのは、裁判所等公的機関からの書簡以外では非常に稀です。言い換えると、書き手が事を構えている姿勢が表れてきますので、このようなビジネス文書では不適切です。


(2) “make a claim that…”: これは単に「…ということを主張する」という表明に過ぎませんし、一人称を主語にすると間接的(間接話法的)になり、不自然に響きます。またこの構文では日本語でいう「クレームをつける」とはとれませんので、読んだ人は「それで?」と聞きたくなるでしょう。ここでは意味として、「苦情を言う」や「こぼす」に相当する”complain that…”が一番近いですが、この単語をそのままここで使うのも相手との関係を考えると微妙です。ちなみに、「損害賠償を請求する」というような本来の意味の「クレーム」なら、例えば”we claim damages…”や”we claim compensation for…”等、別の構文が適切です。


(3) “not sincere”は相手の人格(真摯さ)を直接否定する言い回しになり、それが事実だとしても感情問題を引き起こすことになります。また次の(4)に示すように、これを”insincere”に置き換えると、もっと非難の度が強くなります。


(4) “by not keeping…”という副詞句は、形式的(文法的)には直前の”respect the customer’s needs”(あるいはそのすぐ前の ”sincere enough”)を修飾すると解釈するのが自然ですが、それでは意味が通じません。書いた人の意図としては、”not sincere enough”を修飾している(またはそれを言い換えている)つもりでしょう。一般にどの言語でも、”not + 形容詞 + 修飾語/句/節”という形式には、

という、2つの相反する解釈が内在する、という自然言語の宿命的矛盾をはらんでいます。この構文に出くわした読者/聞き手は、前後の文脈からどちらか論理的につながる方を選択して解釈するわけですが、言語処理能力が不十分であったり、内容に不案内であったりすると、誤解釈に陥ります。この例では、形式的(文法的)解釈の方向と意味的(論理的)解釈の方向とが整合しないので、読み手を混乱させています。メールを含む実務文書では誤解釈の余地が無いよう、書く人は細心の注意が必要です。また、ここでは形容詞をとりあげましたが、単に形容詞だけではなく、否定の単語(“not”以外にも“no,” “neither,” “nor”などを含む)を伴う語句一般に全く同じことが言えます。さらに、修飾語/句/節が「∼のように」と、2者を比較/対照する性質のものである場合も,特に主節が否定形または否定的内容であるとき(例: “… is not immediately identifiable, as in the case of ∼”(「…は、∼の場合のように直ちに特定できない」))には、構文を工夫して、誤解釈の余地がないことを確認すべきです。


ちなみに、”not + 形容詞”(例 “not sincere”)を、否定の接頭辞に導かれた同等の一語形容詞(例 ”insincere”)で置き換えると、このような誤解釈の問題は避けられますが、(3)で指摘したような強調の問題が起こります。


(5) “As you should…”以下の文は二人称”you”を使いすぎており、危険信号点滅です。日本語は主語を明確にしない言語なのでもともと「あなたは」(「貴殿は」)をメールなどの通信文で使う場面は少ないですが、常に主語を必要とする英語といえども、”you”をこのような場面でしかも畳みかけて使うのは相手の神経を逆なですること必至です。


(6) “As you should remember”も、「言わなくてもあなたが覚えているはずだが」という叱責の口調で、好ましくありません。


(7) “promised”も強い言葉です。言った人(XYZ社員)は「…する」と言ったのかもしれませんが、必ずしも「約束します」というほどの強い意味ではなかったのではないでしょうか。それをわざわざ”promised”という単語を選んで思い起こさせるというのは、背景に「こちら(または最終顧客)は迷惑を被っているのだから、相手に罪悪感を起こさせるよう強い言葉を使おう」という意図、つまり上から目線が見え隠れします。これも、訴訟を辞さないというような最終的状況以外には使わない方がよいでしょう。


(8) “Now, ten days past…”の文も、細部をぐさりと突き付けている印象がありますし、”anything”も強調しすぎの感があります。”heard”だけで十分でしょう。


(9) “Can you explain to me why?”も、「こちらは顧客で相手は業者だ」という叱責口調(上から目線)がありありです。


(10) “We expect you to…”は、本プログ第三回の「2. 一見明らかではない(したがって多くの日本人は気がつかない)、上から目線であるもの」で挙げた”expect [you to]”構文を使っています。「こちらは顧客だから、あなたが…することを[当然]期待している」という姿勢がありありです。


(11) “We expect you to…”の文中で”final measures”と、引用符(” “)を使っていますが、これは(14)に説明するように、当てつけや皮肉の意味にとられる可能性が高いので、不適切です。


(12) 同じ文で”immediately”もまさに「大至急今すぐに」という強い単語で、相手に脅迫感を与え、あまり適切ではありません。


(13) この文では終わりに“…, please”を付け加えていますが、「”please”をつけたから丁寧なのだ」という言い訳にはなりません。一般に”please”は動詞の前に置くと丁寧と言えますが、文末に付け足す形は、一種の強制(「やってくれるよね」というダメ押しの感じ)として受け取られる傾向があります。したがって、丁寧どころか「断る余地も与えられず上から目線で押しつけられた」という感じになります。一言余計といえるでしょう。


(14) 結辞(complimentary close)の”Respectfully yours”で、”Respectfully”をわざわざ太字にすると、本文で相手を実質的に”not respecting the customer’s needs”と非難するのに使った”respect”を強調していることになり、相当な嫌味になります。またこのメールでは相手を”sincere”でないと非難しているので、この結辞を”Sincerely yours”にしても同じことになります。


ちなみに日本人は、単語を強調するつもりで引用符(” “)を使う傾向がありますが、これは「この人/会社はこう言っている、しかし記事を書いている筆者は必ずしも同意/同調していない」という純然たる引用であり、もっとひどい場合は「よく言うよ」という皮肉の表明ともとられますので、避けるべきです。


メールで強調したい場合は、太字をサポートしていないメールプログラムも多いので、一般にはアスタリスクでその語句を囲みます(例: *immediately*)。

次にこれを、感情問題を起こさない程度に苦情を呈する形で書いた例を示します。これは不具合問題の発生からまだ日が浅く、関係者間のやりとりも初期段階なので、比較的穏やかなトーンになっています([ ] 内の”gentle”を入れるとさらに穏やか)。直接的な言葉を避け、行動の主体(主語)を表に出さず、人称代名詞”you”の使用も必要最小限に抑えてあります。これが何らかの理由で会社間の信頼関係が悪化したりすると、状況に応じてよりキツイ文面にエスカレートする必要も出てくるかもしれません。



Dear Mr. Williams,


This is a [gentle] reminder that we are still waiting for the final measures to be taken to solve the problem of radioactive leakage at the DEF Hospital. Since we missed the target date for an answer several days ago, we are very concerned about the possible loss of our customer’s trust. In short, XYZ’s and ABC’s credibility is at stake, I am afraid. Could you please give us an update on the status of devising the final solution as soon as possible (hopefully within a day or two) so we can inform them of the action we are taking?


I would appreciate your timely response.


Respectfully yours,


Masaki Aoki



2023年3月24日

特定非営利活動法人 プロフェッショナルイングリッシュコミュニケーション協会
理事 平井 通宏(技術士 情報工学)


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