2026年1月21日
理事 渡辺
様々な識者が、世界経済や国際政治に関して「2025年の振り返りと2026年の展望」をテーマにそれぞれの見解を昨年末から年始にかけて披露されています。私のお気に入りは、Amy Webb女史による振り返りと展望です。
Amy は、アメリカの未来学者であり、企業や政府機関向けに戦略的未来予測を専門とするコンサルテイングを提供するFuture Today Strategy Groupの創設者であり、最高経営責任者です。また、ニューヨーク大学大学院のスターン・スクール・オブ・ビジネスにおいて教鞭もとっています。「BIG NINE」(2019)や「THE GENESIS MACHINE」(2022)の著者と紹介する方が良いのかもしれません。
昨年末にAmyは、Annual Letter 2026 Macro Themes + 2025 Signals Reviewというタイトルのレポートを発表しました。A4で30枚ぐらいに渡るボリュームのものです。Amyの2025年の振り返りと2026年の展望が書かれているこのレポートを受講生の皆さんに推薦したいと思います。時間のある時にぜひ読んでほしいと思います。
全文は以下から入手できます。
https://mailchi.mp/ftsg.com/2025-annual-letter?e=%5bUNIQID
Amyは、Annual Letterの冒頭のメッセージ部分で「テクノロジーは、もはや単なるセクターではない。それは世界経済の基盤であり、あらゆる産業、あらゆる市場、そしてあらゆる意思決定を形作る目に見えないインフラストラクチャーとなっている。」と言っています。つまり、2025年は、テクノロジーにおいて大きな変革の一年であり、テクノロジーは、地政学、経済、労働、エネルギー、文化といったセクターと並列に存在するものではなく、これらと不可分なものになった一年であったと言っています。
また、「テクノロジーの中でもAIが最大の話題となった。2025年だけでも、ビックテック企業はデータセンターとAIインフラに4000億ドル以上を投資した。にもかかわらず、AIに直接起因する年間収益は、投資額を回収するには程遠い状況にある。当然、多くの関係者が投資とリターンのギャップに懸念を抱いている。その理由は、ほとんどの企業や組織におけるAIの導入がパイロットプロジェクトに終わっていることにある。」と指摘しています。そして企業や組織の経営サイドに「AIの真の約束は、最適化ではなく、常に拡張性にある。」ということを理解すべきだというメッセージを送っています。私は、そのメッセージを「AIは単なる業務効率化(最適化)のツールを超えて、組織や人間の能力を指数関数的に拡張するプラットフォームであることを理解せよ。」と解釈しました。
さらに、「アメリカが世界の舞台から後退する(Amy自身はこの戦略を誤っていると考えている。)中、新たな機会が生まれている。中国は、AIに対してまったく異なるアプローチを採用している。汎用人工知能(Artificial General Intelligence)に向けた競争ではなく、既存モデルを中国社会のあらゆる分野で迅速かつ円滑に導入することを推進している。」と指摘して、このような中国の動きを賢明なものであると評価しています。「アメリカは、猛烈なスピードでイノベーションを推進する一方で、教育システム、ビジネスプロセス、そして公共機関を同じ速度で再構築していくインセンティブとコーディネーション能力が不足している。中国は明確にその接続組織を構築している。今後10年間で懸念されることは、アメリカがイノベーションを起こせないということではなく、イノベーションを持続的な生産性フライホイール(productivity flywheel)に転換できないことである。」と警告しています。中国の「AIプラス」計画をきちんと理解しているからこそのメッセージであると思います。そして、グローバルAIガバナンスに対する中国の野心についても理解されていることも容易に理解できます。
この冒頭のメッセージでは、AI以外にもバイオテクノロジーの分野、ロボットの分野、量子コンピューテイングの分野などでも2025年は転換点となっていると指摘しており、このような変化の中で、「2026年におけるリーダーが取り組むべき仕事は、ビジネスの規範、自然界、我々が真理と理解していたものが変化を始めたときに、組織がきちんと適応できるように態勢を整えることである。」というアドバイスで締めくくっています。
Annual Letterの冒頭メッセージに続く主要部分は、次の2部構成になっています。最初の部分は、「10 Big Themes for 2026」です。2026年を形作るとAmyらが確信する10のテーマです。テーマのタイトルだけ以下に記します。
後半の部分は、「Your Guide to the Signals Shaping 2026」です。ここでいうsignalは「新たな変化の兆候」という意味です。いろいろなsignalの中から2026年を形作る可能性の高いものを厳選したリストです。16分野に渡るsignalが説明されています。個々のsignalの説明ではなく、カテゴライズした16分野だけ以下に記します。
受講生の皆さんにおかれては、ご自身の関心のある部分から読み始めても良いと思います。
最初の部分の10テーマの最後のテーマThe "security first" globalization resetについては、仮訳を以下に紹介します。ある意味、2026年の一番の大きな変化だと思うからです。
(IPECによる仮訳)
これまでの30年間、グローバリゼーションは、「効率efficiency」を最適化してきたのである。生産は最も安く製造できる場所へ移動し、資本は最高のリターンを得られる場所に流れていった。サプライチェーンは結果ではなくコストで評価されていた。そのような時代は終わったのだ。代わりに、硬直的で政治的な「安全保障ファースト」のグローバリゼーションにリセットされた。
すでにアメリカ合衆国で進行しているけれども、各国においても今後、国家安全保障が経済政策を組織化していく上での原則となる。そうなると、各国政府は市場を中立的な場とは見なさず、直接介入し、争奪戦を繰り広げる領域として扱う。半導体、エネルギーシステム、食糧、データ、バイオテクノロジーそしてロジスティックスは、戦略資産として再分類される。つまり、技術革新力と経済の強さは、その国の国力に隣接するものではなく、国力そのものになるということを意味する。
貿易のロジックは変化している。ジャスト・イン・タイム方式のサプライチェーンは、ジャスト・イン・ケース方式のリダンダシー(redundancy)に取って代わられる。最優先されていた効率性は、レジリエンス(resilience)に明け渡される。ニアショアリング(near-shoring)については忘れるべきだ。フレンドショアリング(friend-shoring)が自由貿易にとって代わる。ライバル国への依存は脆弱性として再定義され、脆弱性は戦略上の失敗として扱われる。デカップリングは、すべての分野において要求されるわけではないが、重要な分野においては計画的なものとなり、的を絞ったものとなり、そして恒久的なものになる。
一連の経済ツール(economic tools)は、広範な国々にとって武器となる。輸出管理、制裁、補助金、産業政策及び投資審査は、外交の裏側から外交政策の中心へと押し出される。貿易政策は、静かに別の名称による防衛政策へと成り変わる。国家と市場との境界は曖昧になり、国家主義的な指導者たちは、資本配分、技術開発そして企業の戦略に直接介入する。
安全保障は、軍隊だけが扱うものではない。安全保障は、インフラストラクチャー、産業、労働及びデータを横断する社会全体のプロジェクトへと変貌する。
つまり、多国間主義(multilateralism)は言葉の上では存続しても、実際においては弱体化する。よって、国際機関は各国の行政主導による取引へと道を譲る。同盟関係は、条件付きで、取引的なものとなり、かつ状況によって変わるものになる。信頼の糸は細いものとなる。分断(fragmentation)は多国間システムのデフォルト状態を引き起こす。
2026年においてグローバリゼーションは消滅しない。けれども、それは計算能力、エネルギー、食糧及び重要資源といった基本的でローレベルなビルデイング・ブロックの周りを再構成するだろう。各国は「何が最も安いか。」を問うことを止めて、「最悪の事態が起こったら、どのように国家主権を維持することができるか。」へと問いを変える。
(了)